川越市

市の木・市の花・市の鳥・市民の歌

更新日:2023年3月29日

1.市の木・花

豊かな緑と明るい空間のあるまちづくりの実現に向け、市制施行60周年(昭和57年)の記念事業の1つとして、市の木・市の花を制定することになりました。

市民の皆さんから寄せられた2,554件の意見を踏まえ、川越市市制施行60周年記念事業企画委員会では、かし、むべ、しだれざくらを市の木として、あやめ、山吹、サルビアを市の花として推奨することを市に答申しました。
市では、この答申に基づいて検討した結果、市の木を「かし」、市の花を「山吹」とすることに決定しました。

市の木、市の花の指定について

昭和57年10月15日

告示第185号

自然を愛する心を高め、みどり豊かなまちづくりに資するため、次のとおり市の木、市の花を定める。

市の木 かし

市の花 山吹

市の木「かし」

「かし」は、四季を通じて市民生活にうるおいを与えてくれる常緑樹で、古くからこの地方の土壌に根を下ろし、屋敷などの防風林・防災林としてなじみの深い木です。また、材質が堅いため鍬(くわ)や鋤(すき)などの農具の柄としても用いられ、市民の暮らしを支える役割を果たしてきました。


かしの写真


かしの絵

市の花「山吹(やまぶき)」

太田道灌公像
川越市役所前の太田道灌公像

市の花「山吹」は、川越城や江戸城を築城したことで知られる太田道灌にまつわる伝説に登場します。

江戸時代に記された書物によれば、鷹狩りをしていた道灌は、雨が降ってきたので農家で蓑を借りようとしました。ところが、農家の娘は蓑ではなく山吹の花を黙って差し出したので、「花がほしいのではない」と道灌は怒って帰ってしまったそうです。

道灌は、この話を聞いた人から、「娘は、『七重八重 花は咲けども山吹の みの(蓑)ひとつだに なきぞ悲しき』という古い和歌に『お貸しできる蓑はございません』ということを託したのでは」と言われ、たいへん驚いたそうです。

それを機に道灌は歌に関心を持つようになり、後に歌人として名を成したと伝えられています。


山吹(一重)の写真


山吹(一重)の絵


山吹(八重)の写真

2.市の鳥「雁(かり)」

市制施行70周年(平成4年)を記念して、市の鳥を制定することになりました。市民の皆さんから寄せられたご意見を参考に「市の鳥」選定委員会で検討した結果、市の鳥を「雁」(かり)と決定しました。応募の中でも、雁がいちばん多数でした。

「雁」は、古くから川越地方を表す歌に詠まれたり、川越城の別名が「初雁城」と呼ばれているように川越にも歴史的なつながりが深いといわれる鳥です。

市の鳥の指定について

平成4年12月1日

告示第365号

自然愛護の意識を高め、愛鳥思想の普及に資するため次のとおり市の鳥を定める。

市の鳥 雁(かり)

市の鳥「雁(かり)」

[平成4年12月1日制定]


雁の写真


雁の絵

3.市民の歌「われらの川越」

「われらの川越」は、合併3周年を記念し、明るく誰にでも親しめる「市民の歌」として選定された歌です。昭和32年1月に歌詞を募集し、110件余りの応募がありました。
しかし、入選に該当する作品がなかったため、歌詞の選者であった作詞家の野村俊夫氏に作詞を、作曲編曲家の服部逸郎氏に作曲をそれぞれ依頼し、昭和32年7月に中央公民館の選定歌となりました。

「われらの川越」には、川越の歴史的遺産や豊かな自然と共に、合併により10万人を超えた都市の希望と喜びが盛り込まれるなど、当時の世相が反映された歌となっています。
昭和32年8月には、埼玉県立川越女子高校などで発表演奏会が開催され、野村俊夫氏、服部逸郎氏のほかコロンビア専属歌手の安西愛子氏による発表と歌唱指導が行われています。

当時の音源をYouTubeの川越市チャンネルに公開しています。

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